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5, 鬼の抜け道
鬼城湾をぐるっと取り囲み、沖合の鬼城島へ向かって突き出たこの岬は、ちょっと変わった姿をしていた。
町に向かっては、勾配(こうばい・角度のこと)のついた森が下りているのだが、町と反対側、つまり岬の尾根の裏側は、ほぼ垂直に100メートル以上海へと落ちる、登ることは絶対に不可能な、岩むき出しの断崖(だんがい)となっていた。
今、その頂上へ唯一行くことの出来る、森の中の根っこの階段を、子どもたちは登ってきた。
その登りきったところには、崩れかけた、小さな木の鳥居が立っていた。
そこをくぐると先にはもう森はなく、20メートル四方ほどの小さな広場が、ぽっかりと口を開けていた。その広場の奥には、縦横5〜6メートル、高さ1メートルほどの黒っぽい巨岩が横たわっていて、その上には一回り小さな社(やしろ)がぽつんと乗っかっていた。
そう、これこそがタケシたちが言っていた、そして校長が代々守っている神社、『鬼城神社』(おにきじんじゃ)なのだ。
天草は毎年のように、台風の襲来を受ける。
これまで何度何度も被害を受けては修理を繰り返してきたのであろう、つぎはぎだらけの小さな社は、しかし、あきらかに100年以上の風雨に耐えてきた“威厳”(いげん)というものを持っていた。
「うっひゃ。ここで食うのかな?」
「いよいよ鬼に変身バイ」
「せやから、そんなワケないやろ。だいいち、鬼に変身するのに、何で神主さんの格好せな、ならんのや?」
子どもたち4人は階段が終わるところ、つまり鳥居の下に顔だけ出して、社(やしろ)に近づいていく校長の後ろ姿を見ていた。
「フムム、たしかにウッチーの言うとおりですよねえ。さっきボクが言ったように、あのニワトリはお供え物で、なんらかの儀式をするってのが、当然かつ妥当な推理でしょう」
「あーもう、さっきからごちゃごちゃうるせえぞ、デコ! だいたいだな、鬼城島少年探偵団・団長のオレさまを差し置いて、勝手な推理をするんじゃねえよ!」
デコの推理に、タケシがかみついた。
「ちょ、ま、待ってくださいよタケシ君。誰が団長ですって? そんな話し、ボク聞いてませんよ。いつタケシくんが、団長だって決まったんですか? え?」
一方的な話しに、デコも反論した。
「オレがそう名付けたんだから、団長は当然オレだろう? オレ!」
「な、何を言ってるんですか、“探偵団”でしょ? 推理力から行けば、当然、団長はボクに決まってるでしょう!」
タケシとデコの、ヒソヒソ声での言い争いが始まった。
「あ〜もう、どっちが団長でもええから、静かにしとき」
「そうはいかねえ!」
「いきません!」
にらみ合う二人。
「じゃあ、じゃんけんで決めたらよかとバイ」
フトシが言った。
そしてこの提案に、二人は乗った。タケシとデコは向き合うと、うなずき、右手を同時に振り上げた。
「最初はグ〜、じゃ〜んけん、ポイ! って、あ〜、なんでフトシとウッチーも、ジャンケン出すんだよ!」
そう、タケシとデコの勝負の横から、ちゃっかりと、フトシとウッチーもじゃんけんを出していた。
「ボクたちも、権利があるとバイ」
「せや!」
「し、しかもフトシくんが、勝ってるじゃないですか!」
デコの言うと通り、フトシのチョキ以外は、みんなパーだった。
「やったバイ、ボクが団長バイ♪」
「ホワット? イッツ、ボーイズアンドガール…ペラペラペ〜ラ…」
「アイドンノウ バット…ペラペラペ〜ラ…」
子どもたちをつけていた二人組が、暗闇の中から、月の光に照らされた子どもたちの後ろ姿を見上げていた。
そう、もうお分かりと思うが、この二人組は、あの怪しいイギリス人の二人組だった。
二人は何やらヒソヒソと話し合っていた。もちろんあのヘンな日本語ではなく、英語で。
が、残念ながら作者は英語が分からないので、内容も分からないのだった。残念!(おいおい)
一方、校長は社(やしろ)の前まで進むと、そのまま石積みの階段を登った。
そして、観音開き(かんのんびらき・両開きのこと)になっている社の扉(とびら)を開けると、中へ入り、再び扉を閉めた。
そしてロウソクでもつけたのか、すぐに、ほのかな明かりが中で揺らぎ始めた。
「よし、みんな、団長のボクに続くバイ」
「ふ、フトシ、てめ〜…」
タケシの、そしてデコとウッチーの不満顔を尻目に、フトシが先頭に立って社(やしろ)に歩き始めた。
4人はばれないように抜き足差し足で、そっと階段にたどりついた。
そして、動物がそっと獲物に近づく時のように、四つんばいで階段を登ると、上は格子だが下は板張りの扉へと近づいた。
4人は、ゆっくり頭を持ち上げると、その格子部分にそっと顔を近づけた。
社は、扉以外は板張りの壁で、中が見えない造りになっていた。
中は畳10畳ほどの広さがあり、手前半分は板張りの床、先の半分は縦・横・高さそれぞれ2メートルほどの黒光りする岩が、床下からど・どーんと突き出し鎮座していた。
この岩は床上50センチほどのところを境に、なぜか上が一回り大きくなっている。
そしてその正面には、左右からしめ縄が貼られ、前には供物を乗せるための木の祭壇が置かれていた。
どうやら、この『黒光りする岩』そのものが、この鬼城神社のご神体らしかった。
「オヤジから聞いた言い伝えではさ、上のあの岩で、鬼が作った抜け道をふさいでるんだってよ」
『へー…』
タケシは声が校長に聞こえないように、手を口に当てて3人にそっと耳打ちした。
4人に中をのぞかれていることを知らぬまま、校長、いや神主は、祭壇の上にニワトリを入れた段ボール箱を乗せた。
祭壇の左右に置かれた、高さ1メートルほどのロウソク台の灯が、ゆらゆらと揺れると、それにつれて影も大きく揺れ、中の雰囲気をいっそう不気味に照らし出していた。
コケ、クルル…
段ボール箱からは、ニワトリの鳴き声がかすかに聞こえる。
神主は、祭壇の前に立ったまま両手を左右に広げると、そのままゆっくりと手を胸の前で合わせた。
そしてなぜか祭壇と岩の間へと歩み出ると、今度はその両手を岩に押し当てた。
「ΦΨυδωπρ…」
校長の口からはっきりと、しかし、聞いたこともないような言葉が流れ始めた。
「なんだあれ? なんて言ってるのか分かるか、デコ?」
タケシは、4人の中で一番“もの知り”のデコに聞いた。
「いいえ、ボクも分かりません。…聞いたこともない言葉ですね。フムム…」
あごに右手を押し当てて、デコも小首をかしげた。
「きっとあれは、鬼に変身するための呪文バイ…、あいた!」
フトシの頭を横から、ウッチーのバットがコツンと小突いた。
「バカやないの、フトシは。あれは、昔から伝わる鬼を封じるための呪文やで、多分。ほら、ニワトリもお供え物やんか、やっぱり」
「まてまて、問題は、そのお供え物がどこへ消えるか、なん…!?」
「!!??」
タケシの、そして4人のヒソヒソ話が止まった。
その八つの目はまん丸に見開かれ、凍り付いたように目の前の光景を見つめていた。
ゴ、ゴ、ゴゴ…
「βφΞτΨ…」
なんと、神主の言葉に合わせるかのように、ご神体の大岩がゆっくりと動きだしたのだ。
床下から続く一つの大きな岩の固まりと思われたご神体は、しかし、床上50センチほどのところを境にして、上のひと回り大きくなった部分が、後ろへと下がり始めたのだった。
「す、すごい力バイ、岩を動かしているバイ…。あんなこと、人間に出来るはずないバイ。やっぱり校長先生は、鬼だったとバイ」
『……』
フトシの言葉に、他の3人は、もはや納得するしかなかった。
そう言う間にも、校長の押す岩はゆっくりと、だが確実に後退していく。
そして1メートルほど動いた時。
下の岩に、両手を広げたほどの幅の、真っ暗な穴が口をあけた!
その穴からは、かすかな風が吹き上がると共に、あたりに生臭い空気が漂い始めた。
「で、伝説じゃなかったぜ。ほんとにあったんだ、鬼城島への、鬼の抜け道が…!」
「てことは…やで、タケシ。あの先に、“鬼の宝物”があるんやな!」
ウッチーの関心は、やはり他の男の子たちとは、チョット違うようだ。
岩の動きが止まり、下から大きな穴が姿を現すと、神主は祭壇の段ボール箱を抱え上げた。
この時、
コ、コケー! クエー! バサバサバサ!
外の異様な雰囲気を感じたのか、それまでおとなしかったニワトリが、箱の中で激しく騒ぎ始めた。
「いよいよ、あの中に入って、鬼に変身するとバイ」
3人が固唾(かたず)を飲んだ、その時!
ちゃんちゃら、すちゃらか、すっちゃんちゃん♪
笑点の陽気なテーマソングが、あたり一帯に鳴りひびいた。
そう、それはデコの、首からさげた携帯電話!
「だあれだあーーーーーー!」
文字通り、鬼のような形相で神主が振り返った。
「うわー、バカ、電源切ってなかったのかよ、お前ー! とにかく逃げろーー!!」
4人は慌てて後ろを向くと、一目散に逃げ…ようとしたのだが、
「うわっ」
「まぶしい!?」
突然、階段の先から二つの強力なライトの光を当てられ、その動きを止めた。
そして、
バーン!
大きな音と共に扉が内側へと開き、子どもたちは神主の前へと倒れ込んだ。
「き、きみたち?…」
言いかけた神主の顔に、強力な光があたる。
そしてもう一つの光が、岩に開いた穴を照らし出す。二つの光はゆっくりと、扉の内側へと入ってきた。
「ヤハリココニ、間違イナイヨウデスネ」
それは、あとをつけてきた、あのイギリス人の二人組だった。
二人組は、それぞれが左手にライトを持ち、そして右手に『拳銃』をかまえていた。
「ぴ、ピストル、バイ?」
「あれは、トカレフというロシア製の拳銃ですね。ちなみにタケシくんが肩からさげてるエアガンは、ウージーという、イスラエルのサブマシンガンです」
「そ、そんな説明、いらねえよ、今!」
「な、なんやの、この人たち…ひっ!?」
小さい方の男が、子どもたちに銃を向けた。
「子ドモタチ、立ツデゴザルヨ」
二人組は、子どもたちを立たせると、神主姿の校長の前に並ばせた。
「な、なんなんじゃ、君たちは?」
訳が分からないと言った表情で、校長が二人組に言った。
すると、大きい方の男が左手のライトを右小脇にはさみ、その左手で胸の内ポケットから、折りたたまれた紙を取り出した。
「オレタチ、世界中ヲ探シタヨ」
はらりと広がる紙。それは例の謎の地図だった。
地図には、三日月型の線とその先端から少し離れた先に小さな楕円が描かれていて、楕円の中心には×印が描いてあった。
そして三日月の先っぽには、小さな○が描かれ、その二つは一本の線で結ばれていた。
その三日月型の下には、“MIKAZUKIMURA”の文字。
三日月村、そう、それは鬼城島町の古い名前!
どうやらこの図は、鬼城島と鬼城島町を表す古い地図らしかった。
「そ、それは…! そんなものがまだ、この世に存在していたとは…」
「オレノ名ハ、ザック・アンダースン、コッチハ弟ノ、ゴザール・アンダースン。
コレハ、オレタチ兄弟ノ家ニ、先祖カラ代々伝ワル地図ダ」
「昔ト今トデハ、地名ガ変ワッテイルデゴザッタ。ココヲ突キ止メルノニ、ソレハ苦労シタデゴザルヨ」
そう言うと二人は、ニヤリと笑った。
大きい方、つまりザックは、地図をまた折り畳み内ポケットにしまうと、再び銃を校長に突きつけた。
「サア、“財宝”ノ所マデ、案内シテモラオウカ」
「ざ、財宝じゃと? そんなものここには…」
「黙レ!」
パ・パーン!
ザックの大声と共に、銃声が響いた。
「うぐっ!」
瞬間、銃弾は校長の右ほほをかすめ、後ろの壁板にくい込んだ。
「きゃーー!」
「う、うわーーー!」
頭を抱えてその場に座り込む、子どもたち。
「問答無用ネ。我ガアンダースン家ニ伝ワッタノハ、地図ダケジャナイデース。地図トトモニ、財宝ノ隠シ場所ノ言イ伝エガ、残ッテイルノデース!」
ザックは校長の頭に銃を突きつけ、ニヤリと笑った。
「…わ…分かった。じゃが、子どもたちは関係ないじゃろう。なぜ子どもたちがここにおるのか、ワシには分からんが、とにかくこの子どもたちを家に帰してくれ。ほれ、立つのじゃ、キミたち」
校長は子どもたちを立たせると、手にした段ボール箱でその背中を押した。
「ダメダ! コノママ帰シテ、警察ニ通報サレタラ、困ルカラナ!」
「ミンナ、後ロヲ向クデ、ゴザルヨ!」
弟のゴザールが、銃を子どもたちに突きつけた。
『ひ、ひい〜!』
子どもたちは悲鳴を上げた。
その時!
ちゃんちゃら、すちゃらか、すっちゃんちゃん♪
またしても、デコの携帯が鳴った。デコは素早く携帯を手に取り開いた。
それは、デコの母親からの電話だった。
この時母親は家で、夜の9時を過ぎてもまだ帰ってこない息子・孝太郎を、心配していたのだった。
電話がつながると、母親は自分の携帯に向かってヒステリックに言った。
「なんで電話に出ないの、孝太郎ちゃん! いくらタケシ君に勉強を教えてるからって、あんまり遅くまで…」
が、次の瞬間、その言葉にかぶせるように息子の悲鳴が聞こえた!
「お母さん、僕たち鬼城神社に…、うわー、ガチャン・バキン…プー、プー、プー…」
そして何かが壊れるような音が続き、通話が途切れた。
「何? どうしたの孝太郎ちゃん? 孝太郎ちゃん? 鬼城神社が、どうかしたの?」
そしてもう何度再ダイヤルしても、二度と電話がつながることはなかった…
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