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  2,尾行、鬼の遠吠え? そして謎の外国人

 「ほら見て、今日も買っていくバイ」
「たしかに…」
次の日の夕方、子どもたち4人は、町で唯一の総合スーパー『すがのや』の物陰(ものかげ)から、日が沈み薄暗くなってきた店の前を、そっとうかがっていた。
 町の中心にあるメインストリート、といっても車がやっとすれ違えるような幅しかない、長さ50メートルほどの道なのだが、ここに役場や郵便局、スーパーや食堂その他、数件の店がコンパクトに建ち並んでいた。
 そして通りの中ほどにあるこの「すがのや」は、実は、小太りのフトシの家なのだ。
フトシの本名は管野太(すがの ふとし)と言い、彼の両親は、このスーパーの経営をしているのだった。
 彼らの目の前の少し先には、店長であるフトシの父親と、フトシが『鬼』だと言い張る校長が向かい合っていた。
店を背にして立つフトシの父親は、背は小さいけれど、フトシの父親らしくフトシよりさらに太っている。そしてその前に立つ校長は、グレーのスーツ姿ではあるが、異様に背が高く、色白で少し赤ら顔の顔には深いシワが刻まれ、頭はもじゃもじゃの白髪(はくはつ)で、確かに、いきなり目の前に現れたら鬼と見間違われても仕方ないような、風貌(ふうぼう)をしていた。
 「はい、これが今日の代金です」
「たしかに。ではレシートを…、毎度ありがとうございまーす」
校長は代金を支払いレシートをもらうと、フトシの父親から一抱えもある大きな段ボール箱を受け取った。
そして、それを両手で抱えたまま、“メインストリート”を岬の方に向かって歩き出した。
 その箱の中からは、
 コケ、ケコ、クックック…
と、かすかな鳴き声が聞こえる。

 「あれが証拠(しょうこ)バイ。あの中には、生きたニワトリが何羽も入ってるとバイ」
「あれが証拠って…、なんやのそれ。それが何で、あの校長先生が鬼だって証拠になるんよ。しょ〜もな〜、帰るであたしは!」
「ま、まってバイ、ウッチー、話しの続きを…」
「ほなサイナラ」
ウッチーはスタスタと歩き出すと、後ろも見ずに手を振り、斜め向かいにある食堂兼お好み焼き屋の「内田食堂」の“のれん”をくぐり、
「ただいまー」
と言いながら、引き戸を開けた。
 その瞬間、
「こら!遅いで!こんな暗くなるまで何やってたんや、ヒナ! どーせまた、タケシ君たちと遊んでたんやろ! だいたいあんた女の子のくせに、なんで遊び相手が、男の子ばかりなんや! 将来が思いやられるで、ホンマ!」
怒った声が中から飛んだ。
 それは、ウッチーの母親だった。
「なんやのそれ、しゃーないやろ! タメが男の子ばかりなんやさかい〜」
ふくれっ面で、すぐさま反論するウッチー。
「なに言うてんの! ちょっとはマリお姉ちゃんを見習いや。勉強の合間に、店の手伝いもしてくれてるんやで!!」
「おいおい、お前〜。お客さんがいてはるんや、そないガミガミ言わんでも…」
と、今度は父親の声。母親と違って声が優しい。
「あんたはだまっとき!」
「ごめんてお母ちゃん。ウチもご飯食べたら、すぐ手伝うさかいに…」
言いながらウッチーは戸を閉めた。タケシたちに聞こえたのは、ここまでだった。
「相変わらずの迫力だなー、ウッチーのオフクロ!」
 苦笑いして、顔を見合わせるタケシたち。

 もうお分かりと思うが、ウッチーは、この食堂の娘なのだ。
彼女の本名は、母親が呼んでいたとおり“内田ひなの”というかわいらしい名前なのだが、性格があまりにも男まさりなので“ひなのちゃん”とは誰からも呼んでもらえず、自分のことをウチと呼ぶところと、内田と言う名字にひっかけて、タケシたちからは“ウッチー”と呼ばれているのだ。
 ちなみに、なぜ彼女の一家が関西弁を話しているかというと、母親がもともと大阪出身だからなのだ。
彼女の母親は大学生のころ、休みになると日本中あちこち旅していたのだが、ここ鬼城島町に来た時、町の青年、つまりウッチーの父親と恋に落ち結婚。そのままこの町に住み着いてしまったのだ。
 そしてその押しの強い性格で過ごすうちに、関西弁が天草の言葉に変わるどころか、逆に、旦那や生まれてきた子どもたちまでをも、関西弁に染めてしまったというワケなのだ。
 「バカバカしいので、ボクも家に帰ります」
ウッチーに続き、デコもタケシとフトシに背を向けた。
 が、その肩に後ろからタケシが手をかけ、引きとめた。
「待てよ、デコ。オレたちは、校長先生のあとをつけてみようぜ」
「ええっ? タケシくんは、フトシくんの言うことを、信じてるんですか!?」
タケシは、おどろくデコの腕を無理やり引っ張ぱって、校長の行った方向に歩き出した。そしてフトシもその後ろに続いた。
「信じちゃいないけど、でもこのままだと、あの“ニワトリ”の意味が分からないだろう?」
「そ、それはそうですけど…単なるニワトリ好きでは?」
タケシに抵抗するのをあきらめたデコは、歩きながらフトシの方を振り返った。
「でも、あれを一週間に一度、それも何十年も、ず〜っとバイ」
「ええっ!一週間に一度、何十年も?」
フトシの答えに、おどろくタケシ。
「さすがにそれは…、フム、ちょっと変ですね。そう言えば、校長先生がニワトリを飼ってるって話し、見たことも聞いたことないですしね。フム…」
デコも首をかしげた。
「ああ、オレもたまに校長の家に行くけど、そんなの見たことねえぞ」
「もちろんボクも見たことないバイ」
タケシにフトシがうなずいた。
「フム…、かといって彼は一人暮らしですし、一人で食べるにしては、ニワトリの量が多すぎますし…。だいいち、食べるのなら、生きたニワトリの必要は、ないはずですよね…フムフム…」
 デコは、4人の中で一番頭がいいのだが、理屈っぽいのがたまにキズで、その理屈の通らないことが許せない性格なのだ。
そしてその部分にスイッチが入ると、まるで探偵小説の主人公のように腕を組み、『フムフム…』を連発するようになるクセがあった。
 フトシが話を続けた。
「父ちゃんは、『ありゃ〜多分、校長先生は、夜な夜な鬼に変身しては、ニワトリの生き血をすすってるとバイ』と言っとったバイ」
「鬼に変身して、ニワトリの生き血ぃ? ま、まさかぁ…」
「じゃあタケシくんは、あのたくさんの生きたニワトリを、毎週いったい何に使ってるのか、説明できるとバイ?」
「う、そ、それは…」
タケシは言葉に詰まった。そう、それは確かに、説明の付かない不思議な行動。
「でも父ちゃんがそう言うと、母ちゃんはこう言うとバイ。『うちの店の売り上げは、半分あの九九先生のおかげで成り立ってるようなもんだから、そんなバチ当たりなことを言うたらいかんバイ。あのお方は鬼なんかじゃなくて、うちの福の神さまバ〜イ♪』って。
 でもボクは、父ちゃんの言うことが、本当なんじゃと思うとバイ」

 などと3人が話しながら校長のあとをつけていると、すぐにメインストリートが終わり、いくつかの角を曲がっては、やがて岬へつながる一本の坂道へと進んでいた。
 日も沈み夜になると人通りもないこの坂道は、もちろん街灯(がいとう)なんてものはない。たまたま、今夜出ている半月(はんげつ)の月明かりが、両脇の草と坂を登る校長の後ろ姿を、不気味に青白く照らし出していた。
 そしてその先には、星空をさえぎって真っ黒に浮かぶ岬のシルエットが重なり、いっそうの恐怖感を、一帯に醸(かも)し出していた。

 「ね、ねえタケシくん、も、もういいじゃないですか。もう夜だし、夜道は子どもだけでは危険だし、もう帰りましょうよ」
「そ、そうだな…。このままついていっても、校長の家に行くだけだろうし、な」
「そ、そうバイ。もし本当に校長先生が鬼だったら、ボクたち捕まって、食われるかもしれんバイ」
 3人がびびり出した、その時、
 ちゃんちゃら、すちゃらか、すっちゃんちゃん♪
突然、聞き覚えのある音楽があたりに流れ出した!
 「うわー、な、なんだよ?」
「なんの音バイ?」
「こ、これは…、ボクの携帯ですう」
それはデコの携帯の着メロだった。
 デコはあわてて首にぶら下げた携帯をとると、ふたを開けすばやく耳に近づけた。
「孝太郎ちゃん、今何時だと思ってるの! 金曜日は家庭教師の先生が来る日だから、日が暮れる前に帰ってきなさいと、あれほどいつも言ってるでしょ!」
それは、デコの母親からの電話だった。
「ああっ、わすれてました。ごめんなさいお母さ……ん?」
言いかけたデコの言葉が、止まった。
そして、タケシとフトシの動きも、止まった。
 3人は坂の上の一点を、目をまん丸にして見つめていた。
 そこには…

 「だぁれだあ!?」
振り返り、こちらを見ている校長の姿があった!
白髪が月明かりに照らされたその姿は、下から見上げると、まるで本物の鬼がそこにいるかのようだった。
「うっぎゃ〜〜〜〜!」
3人は、一目散に逃げ出した。
「なんじゃ、子どもたちか。こりゃおどかしたかな? おーい、君たち、夜道はあぶないから、気をつけて帰るんじゃぞー…」
校長のこの言葉は、もちろん3人には聞こえない。
それどころか、奥の岬に声がこだまして重なり、3人の耳には、
「うお〜、おぅお〜…」
と、鬼の遠吠えのようにひびくのだった。
 「ぎゃ〜〜〜〜、食われる〜〜〜!」
3人は、口から飛び出すんじゃないかと思うくらい心臓をバクバクさせながら、オリンピックで金メダルが取れるんじゃないかというようなスピードで、坂道を一目散にかけ降りた。


 「はあ、はあ、はあ、あ〜びびったあ〜…」
「はあ、はあ、ぼ、ボク、鬼に化けた校長先生が追いかけて来て、食い殺されるかと思ったとバイ〜…はあ、はあ」
「はあ、はあ、いやいや、でも冷静に考えると、振り返った校長先生が、ただ鬼みたいに見えただけで、実際に鬼を見たわけじゃないですからね、ボクたち。はあ、ひい」
「はあ、はあ、いやあ、月明かりでよくわからなかったけど、ありゃー鬼だね、絶対! はあ、はあ、オレはそう思うね。はあ、はあ…」
 3人は坂道を一気にかけ降りると、全力疾走のままフトシの店の近くまで逃げ帰った。
そして、へたり込むように、道ばたに座っていたのだった。
 「はあ、はあ、そ、それよりボク、急いで帰らなくちゃ。鬼よりこわい人が待ってますからね」
「そうか、お前のオフクロさん、怖いかんなー」
「はい…。でもまあ、家庭教師さんの来る時間を忘れていたボクが悪いんですし、仕方ありません」
そう言うとデコは、額の汗をハンカチでふきながら、ヨロヨロと立ち上がった。
 彼の父親は、この町唯一の病院にして3代続く井手総合病院のお医者さんなのだ。
そして母親も、同じく診療所の看護士さんで、一人息子の孝太郎に、『ゆくゆくは4代目院長になってもらいたい』と、大きな期待をかけているのだった。
 「“かてきょ”かあ〜。お前も大変だなあ〜…。そうだ、それよりさあ、さっきの着メロ、なんだあれ? あれってテレビの“笑点”のテーマソングだろ? なんで笑点なんだ?」
「うん。なんか、秀才のデコちゃんには、似合わないバイ」
「し、笑点が好きだからに、決まってるじゃないですか。日曜日夕方の、ボクの唯一の楽しみなんですから、ほっといてください!」
デコは、ちょっとムキになりつつも顔を赤らめた。
 と、その時、
 ガラガラガラ…
 と、内田食堂の戸が開き、ウッチーが中から出てきた。

 そしてそのあとに続き、二人組の黒いサングラスをかけた外国人が姿を現した。
二人とも30歳前後の白人男性で、一人は店の入り口をくぐって出るほどの大男で、黒髪。
 もう一人は、軒に下げられた“のれん”にも触れないほどの小男で、金髪だった。
そして二人とも、長い旅をしてきたのか髪はボサボサ、ヨレヨレのジーンズにTシャツ姿で、背中には大きなリュックを背負っていた。
「コノ先デスカ?」
大男が、手に黄ばんだ紙切れを持ち、なにやらウッチーに尋ねた。
「そや、この道をまっすぐ行って突き当たってやな、左に曲がって二つ目の角を右に行ってやで、その一つ目の角を…」
「オー、チョット待ッテ、早口スギテ、何言ッテルカ、ワカリマセーン。私タチ、ヤット日本語シャベレルヨウニ、ナッタバカリネ。ソレニ『突キ当タッテ』トカ、『ヤナ』トカ『ヤデ』トカ、ドンナ意味デ〜スカー?」
「ソウデゴザル。拙者ドモニ、モ少シ分カルヨウニ、説明シテクダサレ」
二人ともカタコトの日本語で、そしてなぜか小男の方は時代劇ふうのしゃべりだった。
 「え〜、もう。ウチには、お兄さんらの方が何言うてるか、ようわからへんわ。あのな〜、早い話が、あの岬の先っちょを目指せばいいんや! 分かる? 岬、先、行く!」
 二人はウッチーが指さす方を見ながら、意味が通じたのか顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「オー、イヤ、分カリマシタ、アリガトゴザマース」
「アリガトウゴザル、デ、オザル」
二人はそう言うと、ウッチーに深々とお辞儀をした。
 そしてなぜか、今教えられた岬と反対方向の、港の方へと歩いていった。

 「ウッチー」
タケシがウッチーに近づき、声をかけた。
「なんやのあんたら、まだいたん?」
ウッチーが振り返ると、そこには3人が立っていた。
「おう、あのあと、ちょっと事件があってな…。はは。それより、なんだ今の外人さんは?」
タケシが聞いた。
「さあ、食事に来たお客さんやから、ウチもよう知らんけどな…。なんやあの二人は、イギリスの人らしくてな、最近、日本に留学しに来はったんらしいわ」
 「留学ですか? フムフム。それがまたなんで、日本のはずれもはずれの、こんな小さな町へ来られたのですか?」
興味を持ったデコがたずねた。
「うーんとな、なんでもあの二人、イギリス住んでる時から、世界中の“鬼伝説”を研究してたんやて。『鬼デンセツ、研究シテマース』ってあの大きいほうの人が、言うてたわ。でな、こっちに日本語留学したついでに、日本の鬼伝説の伝わる場所を旅してるんやて」
「へーえ。鬼の研究ねえ…それで我が鬼城島町まで来たってわけか」(はっは〜ん、あの二人だな。オヤジが言ってた、鬼城島に渡ろうとしてた外国人ってのは…)
 タケシは言いつつ、そう気づいた。
「うん。で、聞かれたんよ。『鬼城神社(おにきじんじゃ)ハ、ドコデゴザルカー?』って。あのちっちゃい方の人ね。
 ゴザルカーって、笑っちゃうやろ。時代劇大好きで、衛星放送の時代劇専門チャンネルばっかり見て日本語覚えはったらしいわ。で、今教えたったってワケなんよ」
「岬、先、行く!てか? ぷははは」
笑いながらタケシが言った。
「べ、別にいいやろー。何とか通じたみたいやし! とにかくあの二人、しばらく港にある民宿に泊まる言うてはったから、明日から鬼城島とか神社とかを、いろいろと回らはるんちゃうかなあ」
「フムフム。なんか、見た目汚いし、サングラスかけてるから人相悪かったですけど、見かけによらず勉強家なんですねえ、あの二人」
「そうだな〜…」
 3人が感心して、数少ない通行人の先に小さくなる二人の後ろ姿を見ていると、それまで後ろで黙っていたフトシがつぶやいた。
「でも、“鬼伝説”なんて、世界中にあるのかな? バイ…」
「え!?」
はっとして、3人は顔を見合わせた。
 そう、フトシの言うように、たしかにおかしい。
鬼は日本だけに存在する、架空の生き物のはず。そんな存在の鬼の伝説が、世界中にあるとは思えないってことは、ちょっと考えれば、小学生でも分かることだ。
 その時、
 ちゃんちゃら、すちゃらか、すっちゃんちゃん♪
またもや、あの音楽がなり出した。
「し、しまったです、かてきょさんが来てるのを、またまた忘れてました〜! はい、はい、今すぐ帰りますです、お母さま〜!」
デコは、携帯に向かって悲鳴のような返事をしながら、走り去った。ちょっと涙目で。


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