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1,鬼城島……。校長先生は、伝説の鬼?
「校長先生は、鬼なんバイ!」
フトシのこの一言から、鬼城島(おにきじま)小学校4年1組の4人の子どもたちの、信じられない恐怖体験(きょうふたいけん)が始まった…
九州の真ん中に位置する熊本県には、天草という海に浮かぶ島々がある。
それらは、県の本土から「天草五橋」(あまくさごきょう)と呼ばれる橋によって、大矢野島(おおやのしま)−上島(かみしま)−下島(しもしま)とつながっている。
その最後の下島の、さらにその先っぽのほうに彼らの住む小さな港町、鬼城島町(おにきじままち)はあった。
昔から「藍(あい・あいいろ)より青い」と言われる天草の海。
その深く青い海を“三日月”の形で取り囲むこの小さな港は、昔からの天然の漁港として栄えていた。そしてその漁港を取り囲むようにある小さな平地に、鬼城島町(おにきじままち)の家々が、ひしめくように建っている。
町の後ろを見上げると、湾と町をさらに取り囲んで小高い岩山が、山脈のようにそびえ立ち、その左端は海へ伸びて「鬼城崎(おにきざき)」と呼ばれる断崖の岬となっていた。
「フトシ、鬼って、あの沖に見える鬼城島伝説(おにきじまでんせつ)に出てくる、あの鬼のことかぁ?」
タケシは、階段状に広がる漁港の一番上に立ち、目の前に泊めてある漁船越しに見える小さな島を指さした。
彼は、まだ7月に入ったばかりなのに、海パンがわりの短パンの中以外、もう全身まっ黒に日焼けしたていた。
湾に囲まれたこの漁港の波は、おだやかで、放課後の子どもたちにとって、格好の遊び場となっているのだ。今日も十数人の子どもたちが、漁に出払って船のいない港のはじっこで、水しぶきと歓声を上げていた。
「うん、そうバイ、タケちゃん。昔っから、あの島に住んでるって言われる鬼のことバイ」
タケシの横で、学校指定の海パン姿で体育座りした、名前通りちょっと小太りのフトシが答えた。
「なんやの、それ〜。フトシ、アンタちょっといい加減にしいや〜? あんな優しい校長先生が、鬼なわけないやないの!」
二人のすぐ目の前の海面で、色鮮やかなオレンジ色のワンピース水着姿のウッチーが、立ち泳ぎしながら言った。
彼女は活発な子どもらしく、ショートカットの髪型がかわいい女の子だ。
「そうですよ、フトシ君。ウッチーの言うとおり、校長先生に失礼ですよ。だいいち、そんなおとぎ話みたいな話し、あるはずがないじゃないですか」
3人から少し離れて階段の途中に腰掛け、携帯ゲームに向かって何やら作業をしているデコが、画面から目を離さないまま言った。
短パンに白いTシャツ姿、青いブカブカの野球帽をかぶる彼は、一人泳がず、大きな黒ぶちメガネのその奥にある目は、ただひたすらゲーム機の画面を追っていた。
前の3人に比べ、その色の白さと手足の細さは、野性味あふれる子どもたちの中で、ただ一人浮いている感じだった。
「ほんとだってば、デコくん。だってうちの父ちゃんが、そう言ってたとバイ!」
フトシはちょっとムキになり、両手をにぎりこぶしにして上下に動かした。
「ばかばかしいですよ。4年生にもなって、そんな話し」
「で、そういうお前は、ゲームで何してんだ? デコ」
タケシが、後ろからデコの手元をのぞきこんだ。
「げ、こんなところで漢字の練習かよ〜!」
そう、デコはゲーム機にペンを走らせ、ただひたすら漢字の書き取りをしていたのだった。
「学習ソフトですよ、学習。ボクがゲームなんかで、遊ぶはずがないでしょ〜!」
「こ、こんなところまで来て勉強かよ〜。そんな頭デッカチだから、お前、みんなから“デコ”って呼ばれるんだぜ」
「そ、それは関係ないでしょう、タケシくん。ボクの名前が井手孝太郎(いで こうたろう)だから、略して“デコ”なんでしょう? 幼稚園の時、そう言ってボクにあだ名を付けたのは、他ならぬタケシくん、キミじゃないですか!」
「あ? あはは、そうだっけ〜。あははぁ」
「まったくー…、いい加減にしてください!」
このタケシ、フトシ、ウッチー、デコと呼び合う4人の子どもたちは、この鬼城島町(おにきじままち)唯一の小学校、鬼城島(おにきじま)小学校に通う4年1組のクラスメートで、生まれた時からの幼なじみなのだった。
もっとも、クラスメートと言っても、各学年数人ずつしかいない複式学級の小さな学校なので、実はこの4人で4年生全員なのだが。4人は仲が良くて、いつも一緒に行動していた。
そして、この4人が言っている鬼城島伝説とは、おとぎ話の「桃太郎」に出てくる鬼ヶ島に代表されるような、各地に古くから伝わる鬼ヶ島伝説の一つなのだが、この町では最近まで「鬼を見た…」とかのうわさが残り、町の人なら誰でも知っている伝説なのだった。
「たしかにさあ、校長って“九九 八十一”と書いて“くく やそいち”って読む、スゲーうさんくさい名前だけどさあ…」
「それにバイ、見た目も大男だし、もじゃもじゃの白髪(しらが)白ひげだし、なんたって額(ひたい)と髪(かみ)の毛の生え際(ぎわ)には、ツノみたいなコブが二つあるとバイ」
「だからってよう、フトシ…、あ、オヤジが帰ってきた、おーい!」
タケシは、沖合から近づいてくる小さな漁船に気づき手を振ると、そのまま頭から「ドボーン!」と海へ飛び込んだ。
そして数メートル先に浮かび上がると、
「おーいフトシ、だったらその話が本当かどうか、今度しらべてみようぜ〜!」
そう言い残して、向きを変え、近づいてくる船へと泳いで行った。
タケシの名前は海野武志(うみの たけし)と言って、父親は地元の漁師をしていた。漁師の息子らしく、「昔ながらのわんぱく坊主」と言うのが、彼を一番表現できる言葉だろう。
そして学校の成績はイマイチだけど、4人の中では一番のリーダーシップを持っていて、いつも他の3人を引っ張る存在でもあった。
船の上では、いつものように泳いで来る息子に気づいた父親が、タケシに向かってロープを投げた。
タケシがそれをつかむと父親は、白い半袖からはみ出るそのたくましい腕で一気に引き上げた。タケシもまたその力を利用し、まるでスパイダーマンのように船の上へと飛び乗った。
「オヤジ、今日はどうだった?」
「見てみろ。大漁タイ!」
タケシが船の中央にある“いけす”をのぞき込むと、沢山の獲(と)れたての魚が勢いよく泳いでいた。
「すげー。オヤジ、オレも漁協のいけすに運ぶの、手伝うよ!」
「おう!」
船はゆっくりと、港の中央にある漁協の建物の方へ進んだ。
「なあオヤジ、オヤジは鬼を見たことある?」
タケシは、船の斜め後ろに見える鬼城島を眺めながら、父親に聞いた。
「鬼ぃ? 鬼って…、あの〜、あの鬼城島の“鬼神様”の事か?」
「うん!」
「鬼神様かあ。…そうだなー、一度だけな」
「ほ、ほんとか!? どこで? やっぱあの島でか?」
「ば、バカ言うな。お前も知ってのとおり、あの島は正月の『鬼鎮め祭り』(おにしずめまつり)の日以外は上陸禁止なんだぞ。それ以外は鬼神様の祟り(たたり)があるから、漁師は誰も近づかねえよ」
「ふーん」
タケシは、父親の顔を見上げた。
「もっとも漁師の間では…、『あの島の鳥居(とりい)の奥にある“鬼の蓋石(おにのふたいし)”が開いてて、そこに鬼がいたのを見た』なんてて話しが、昔から伝わってるけどな。…あっ!」
父親は、何かを思い出したように声をあげて、さらに話しを続けた。
「そういや昨日、2台の水上バイクで近づくやつらがいたっけ」
「二人連れ? よそ者か?」
「よそ者もよそ者、外国人の男二人連れだよ」
「外国人〜?」
「おう。旅行者だろうな、ありゃ。とにかく船の近くに来たんで呼び止めて、『島へ上がるのは禁止で、あの島のあたりは岩も多いし潮の流れもきついから、引き返せ!』って言って引き返させたワケよ」
「へ〜え…。もしそいつらが上陸なんかしてたら、町中大騒ぎだよな〜」
「そうとも。漁師にとっつかまって、へタすりゃフクロ叩きにされるぜ。なんたってあの島は鬼神様の棲む島、そして恐ろしい祟りのある異界の島だからな」
話しているうちに、船は港へ近づき停船した。
タケシは港に飛び移ると、ロープを受け取り船を係留した。
「で、あの島じゃなきゃ、オヤジはどこで見たんだ? 鬼を」
タケシは、いけすから魚を網ですくうのを手伝いながら、続きを質問した。
「う〜ん…、あれは…、オレがまだガキの頃でな。ちょうどお前と同じ年の頃だ。
ほら、鬼城崎(おにきざき)のてっぺんに、小さな社(やしろ)があるだろう、鬼城神社(おにきじんじゃ)」
「うん、学校裏の森の上だよね。うちの九九校長センセんちが、代々神主さんやってるっていう…」
「おう、そうそう。オレが小学生の時は、ちょうどあの九九先生が俺たちの担任だったっけ。とにかくある日の放課後、その学校裏山で友達みんなと遊んでいる時に、ふと気が付くと森の中に…」
「鬼がいたのかよ?」
「おう。今となっては鬼かどうかよくわからねえが、とにかく白髪(はくはつ)で赤い体のばかでっかい生き物がいた!
…ような気がするんだよな。と〜にかく俺たち、びっくししてよお。慌(あわ)てて逃げ出したら、そいつが追っかけてきたんだ。そして…」
「そして?」
タケシがごくりとつばを飲み込んだ。
「オレたち、捕まっちまったのさ!」
「え〜〜っ、捕まったのかよ、鬼に!?」
「おう!」
「す、すげえ…」
目を丸くするタケシに、父親はニヤリと笑った。
「そしてそいつは、こう言った。『君たち、もう遅いから家に帰りなさい』ってな」
「えT?」
「あっはっは。実はそれは、担任の九九先生だったんだよ。ほら、あの先生、大男だし、若い時から白髪頭(しらがあたま)だしよお。
それに、ちょうどその時、あの神社独特の赤い神主(かんぬし)の装束(しょうぞく)を着ててよ。神社でお祓(はら)いとかやってきた帰りらしかったんだよな、これが」
「な、な〜んだあ…」
肩の力が抜け、にが笑いするタケシ。
「でも、変なんだよなー。俺たちが見たのは、先生よりもっとでかかったんだよなー…。まあ、ガキ目線だし、山で高低差もあったろうからな。怖さのあまり、勘違いしたんだろうけどな、オレたち」
「ふーん…。でもさあ、鬼城島で見たって話しならともかく、なんでオヤジたちは森の中に鬼がいたなんて、勘違いしたんだ?」
「お前、鬼城島伝説(おにきじまでんせつ)の話しを知ってるか?」
「もちろん知ってるさ。むかしむかし、あの鬼城島に一匹の鬼が住んでいました。鬼は村にやってきては悪さしました。そこで、九九校長のご先祖様が島の中に閉じこめて“鬼の蓋石(ふたいし)”で封印して、岬にも神社を祀り(まつり)ました。…ってんだろう?」
タケシは、身振り手振りで答えた。
「まあそうだが…それはほんの一部、あらすじってやつだ。ここはその昔、岬と湾の形から、三日月村って呼ばれてたんだが、ある嵐の夜にな…って、この話しは、ちょっと長いからなあ…。ようし、そのうち伝説の詳しい話しを、聞かせてやるよ」
「ほんとか。約束だぜ、オヤジ!」
「おう。それより今は、仕事だ、仕事〜!」
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