第十七章 伝言、夜這い、それぞれの想い
十七、伝言、夜這い、それぞれの想い

 外には無限の空間と、地上では見ることの出来ない沢山の星々が光っていた。頭上には、文字通りのミルキーウエイ、銀河が鮮やかに広がっている。
 大地と大地老人は、いかにもアニメに出てきそうな操縦室で、この神の描きたもうた壮大な星のキャンバスを眺めていた。
 「なんだよ……、オレだけに内緒の話って?」
大地は、大地老人に聞いた。
 食事の後、大地は、老人に一人ここへ呼び出されたのだった。
「うむ……………。実はお前に、“未来ばあさん”からの伝言があってな…。」
「未来ばあさん〜?………… えーと、つまり、過去にいる“年取った未来”からの伝言……てこと?」
「そうだ……。しかも、お前だけにな。」
「オレだけに………?」
「うむ、……ではいいか、伝言を言うぞ。」
大地老人は静かにうなずくと、あたりを見回し誰もいないことを確認し、さらに用心するように大地の耳に口を近づけた。
 そしてそっと……
「ふ……っ」
と、息を吹きかけた!
「どわ〜〜〜〜!! ななな、なにすんだよ、気色悪い!!!」
耳を押さえ、あわてて飛び退く大地。
 「いや〜、耳に息を吹きかけられるのが、昔からのワシの弱点だから、お前も一緒かな〜〜? と思って、つい。」
「つ、ついじゃねえ〜〜! アンタはオレなんだから、弱点は一緒に決まってるだろーが!!」
「かっかっか、そう怒るな。冗談じゃ冗談。自分自身に、そう怒ってどうする?」
「やかましわ! だいたいなんで、3D映像のくせに呼吸できる必要があるんだよ!」
 顔を赤くする大地に、老人は、
「今度はほんとに伝言を伝えるから、耳を貸せ。」
今度はちゃんと耳打ちした。
 「ばあさん曰く…………」
「曰く???」
「“パラレルワールドは、存在する!”そうだ!」
「ぱぱぱ……、ぱらそるワールド??? なんだそりゃ??」
 次の瞬間、
「つ〜〜〜〜〜〜!」
たんこぶをつくって頭を押さえる、大地がいた。
「な、なにしゃーがんで〜〜〜〜!」
「やーかましい! つくづく我ながら、アホなヤツじゃ! だれが、パラソルと言うた!? パラレルじゃパ・ラ・レ・ル! パラレルワールド!!!」
「ぱ、ぱ、ぱ、パラレル……ワールドぉ?」
「うむ!…………以上、伝言終わりじゃ!」
「??? ななな、なんだそりゃ? そんだけかよ?」
「うん、そんだけ。」
「ちょ、ちょっと待てよ、それだけじゃ何のことか意味分かんねーよ! そりゃどういう意味なんだよ?」
たんこぶを押さえつつもきょとんとした顔で、大地老人の顔を見つめる大地。
 「どういう意味かは、お前自身が判断するのだ。」
「オレが判断って……、オレの数十年後がアンタだろ? てことは、かつてのアンタも、今のオレと同じように“老人になったアンタ”から今の伝言も受けたんだよなあ?」
「もちろんじゃ!」
「じゃあ、アンタはどう判断したんだよ!?」
「さあな〜………。ワシは、所詮コンピューターが作ったホログラフィーじゃあ。残念ながら、そのデータはインプットされとらんのよね〜。」
大地老人はとぼけるように、しかし、意味ありげに微笑んだ。
 そして大地の目の前に人差し指を立て、ウインクしながらこう付け加えた。
「この話、くれぐれも今の未来には内緒だぞ。いいな!」


 「パラレルワールド…………、パラレルワールドは存在する…………???」
大地はブツブツ言いながら、細長い廊下を一人歩いていた。
 そこはまるでホテルの廊下のような造りで、下はじゅうたんが敷いてあり、その両側には各自一人一人のネームプレートが張り付けられたドアが、数メートルおきに並んでいた。
 その一つ、“大地様”と書かれた前に大地が立つと、ドアは自動的にガチャリと開いた。
「パラレルワールドって何じゃ?…」
なおもつぶやきながら、これまたホテルのような部屋の中に入る大地。
 と!?
 「パラレルワールド?」
「うん、パラレル…ワ…………わ? わあっ、み、未来〜〜い??!!!」
なんとそこには、未来が目の前数十センチに立っていた! 
「なななな、何してんだよオレの部屋で未来?! よよよ、夜這いかあ?」
あわてる大地!
 この言葉に、
「な、何が夜這いよ!」
未来は顔を赤くし、後ろへぱっと離れた。
 しかし彼女は、その表情をすぐ微笑みへと変sると、そのまま大地のベッドに、ポン! と腰掛けた。
「あたし…、部屋に一人じゃ寂しいから、眠くなるまでの間、大地と話でもしよ〜かな〜…、なんて思って来てみただけよ。……それより、何ブツブツ言ってたの? なんか“パラレルワールドって何じゃ”とか聞こえたみたいだけど……?」
「ギクウ!」
今度は、大地が焦った!
 なんせ大地老人に、“内緒だぞ”と言われてまだ三分も経っていないのだ。
大地は動揺を隠すように、何気ない顔をして未来の前を通り過ぎると、宇宙の星々が輝いている窓際へと近づいた。
 そして、
「いや、あの、その……、う〜ん、雲一つない、いい天気だな。はは、はは。」
と、言いながら、窓の下に手をかけ外を眺めた。
「何バカなこと言ってんのよ、大地。雲がないのは当たり前じゃない、宇宙だもん。それより、今言ったパラレルワールドって、……いわゆる“多重世界”の事じゃないの?」
「た、多重世界?!!」
大地は、目だけを後ろに動かすと、視界の隅っこで未来を見てみた。
 「そうよ……。“同時にいくつもの宇宙世界が存在する”という仮説よ。」
「………??? ど、どゆこと?」
「つまり、この宇宙は一つの存在ではなく、私たちの世界とは少しずつ違う宇宙が、別の次元にたくさん存在する、という説よ。わかりやすく言えば、この宇宙が一つの町だとすると、隣にも、その隣にも別の似た町がたーくさんある、と言うことよ。」
 「ほ……ほ〜〜〜〜…ん……。」
ちょっと脳が拒絶反応を起こしかけ、大地はまた星々に目をやった。
 そして未来は、そんな彼を見るでもなく、目の前の白壁をぼんやりとした目で見つめた。
「実はあたしも………、あたしたちの世界と違う世界が、もう一つあったらいいな〜………なんて思ってたりして。」
「??? なんで?」
振り返る大地に、未来はベッドに腰掛けたまま、独り言のように話し始めた。
「そうしたら、今とは別の道を歩める可能性があるじゃない?」
 はにかんだような表情する、未来。
「別の道?」
「うん…。あたしは今日、自分の“未来”を知ったわ。これから何が起き、どうなるかを…………。それが、あの大地老人の言うように“神の定めた運命”だとしても、もし、多重世界が存在するのなら、“別の生き方を選んだ自分”が、別の宇宙に存在することになるでしょ?」
 そう言うと未来は、膝の上で合わせた左右の手を、さみしげな目で見つめた。
「……未来、お前やっぱり………」
「な、なーんてね♪!」
大地の言葉を遮るように、未来は笑顔と大きな声で大地の方を向いた。
 「はは。それより大地、あんたとあたし、ホントに将来結婚するんだね! おまけに、あたしのせいで、指名手配とか服役とか、結婚生活もなかなか大変そうじゃん?! もしそうなっても、いえ、あのおじいさん大地の話では必ずそうなるらしいけど、その時は笑って許してね。♪♪」
「笑って許してねって、あのな〜…」
「あははは……。♪♪」

 この時、
「なんせ近頃、バカ未来のヤツが邪魔するもんだから、大地とゆっくり話する時間もありゃしねえんだよな〜〜……。」
と、イチゴ模様のパジャマを着込んだ雷羅が、枕を抱えて廊下をそ〜っと歩いていた。
 「へっ♪ 年寄りが勝手に決めた“いいなずけ”だとか“結婚”だとか、んなもん、あたしにゃカンケーないっつ〜の♪ あたしゃただ、今の自分の気持ちに素直に行動するだけさ〜〜〜♪♪ おっと、これは夜這いじゃないのよ夜這いじゃ、うぷぷ。♪♪ ただちょっと大地と楽しい夜を、た〜〜〜〜〜〜〜っぷりと過ごしてみたいだけなのさ。うぷぷ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。♪♪」
小声でそう独り言を言いながら、雷羅は抜き足差し足で大地のドアに近づいていった。
 そして前まで来ると立ち止まり、そっとノックしようと右手を上げた。
 が、その時、
「!!!!!!!!!」
雷羅の腕が、ピタリと止まった!
 なぜなら、
「やだあ、大地、きゃっきゃっ…」
という未来の笑い声がかすかに中から漏れ、雷羅の耳に届いたのだ。
 さらに、
「だってそうだろ、未来、あはははは……」
と、大地の笑い声も………
 雷羅の腕が、体が、その目が…………凍り…………ついた………………………。
そして、これから訪れる大地とのお楽しみを想像し紅潮させていた顔色が、見る見る薄青く変化していくのだった。
「………………………………!!」
数十秒……いや、数分……………? 
 雷羅はしばらくそのままの姿勢でいたが、やがて、
「くっ……………」
目をつぶりうつむくように振り返ると、胸の痛みを押さえるかのようにぎゅっと枕を抱きしめ、小走りに自分の部屋へと引き返したのだった。

 そして大地と未来は、そんな雷羅のことを知る由もなく、二人ベッドに腰掛けたまま、家のこと学校のこと友達のことと、とりとめのない話をしながらしばらくを過ごしたのだった。
 そして、話も一段落した時、ふいに、
突然ふいに、
「…………………」
「…………………」
二人の間に、今まで会話がウソのように沈黙が訪れた。
 未来はしばらくじっと大地の目を見つめていたが、
「……あの、そろそろ眠くなったんで、あたし自分の部屋に帰るね…………。じゃ、オヤスミ、文字通りあたしの“未来”のだんなさま。。」
と言って、大地に顔を近づけ、その唇にチュッとキスをした。
「え?………」
そして、ポカンとする大地を残し、部屋を後にした。

 「♪♪♪……」
紫蘭は一人風呂から上がり入り、部屋へ帰る途中だった。
 その目の前に突然、
「!!!?」
大地の部屋から、未来が出てきた。
「あ……!」
目と目が合う二人!
 未来は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに顔をそむけ、急ぎ足で自分の部屋へと入って行った。
その後ろ姿を、
「…………………」
少し悲しげな表情で見送る紫蘭。
 そして彼もまた目を伏せ、静かに自分の部屋へと入っていった。
 バタン……
ドア越しに、紫蘭の部屋のドアが閉まる音が届いた。
 未来はドアを背にしたまま、こわばったような表情をして立ちつくしていたのだ。そして、紫蘭の気配が廊下から消えると、倒れ込むように自分のベッドへ横たわった。
 そして……
「あたしって………あたしって…………う…っ…」
彼女は肩を震わせながら、シーツをつかみ、声を押し殺すかのように顔をうずめたのだった。

 この時大地は、
「…………………………」
ソファーに座り、ただじっと星の海を眺めていた。
 ただただじっと…………。いつまでも……………。
そしてそれは、雷羅も一緒だった。
 彼女もまた、真っ暗な部屋で片膝を抱え込むようにしてソファーの上に座り、大地と同じ星々を、ただじっと見つめていた。
 遙かなる銀河より届くかすかな光の中、その目に大粒の涙を浮かべて…………