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無謀なチャレンジその1
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 無謀なチャレンジその1、それは、地方在住で漫画家になろうとすること!
ということで、以下、私の体験やそれからくる独断などを書いてみたいと思います。

 実は漫画家になるのは簡単! 「漫画家」と名刺を刷って配れば、今日から誰でも漫画家になれるのじゃ!
なぜなら、この資格社会の中において漫画家って、資格や学歴が一切必要ない職業だったんですねえ。(それで仕事が来るか来ないかは別だけど)

 んが! しかし、名刺を配ろうにも地方には出版社が無いのだ!
ということで、地方在住で漫画家になる方法は、
 1、都会に出るだよ。
 2、ひたすら投稿するだよ。
ということになります。

で、1を選び、出版社の近くに住み「出版社に行ける」という環境を作る事は、それだけで何倍もデビュー確率が高くなります。さらにアシスタントになれば、収入も得られるし腕も磨けるし、当然の事ながら編集者とのつながりも出来るという多大なメリットがあるのでした。(え? そんなこと常識?)
と言うことで、本気で漫画家になりたいという人は、まず東京に行きましょうね。今はそうやってなるのが一般的というか、そうしないとなれないというか。

 では、私同様2を選ぶとどうなるか?
学生なら勉強と両立しながら、そして社会人なら仕事と両立をしながら漫画を描くという事になりますねえ。
でも、そんな立派なスーパーマンは滅多にいなくて、たいてい学業が疎かになったり、仕事を辞めたりプーで描き続けるなんてことになってしまいます。
 諸君、それでいいのか?!
なんちゃって、なはは、かくいう私もその口でした。(だから経歴でいろんな仕事をやってる)親にも回りにもたくさん迷惑をかけました。えっへん!!(いばってど〜する?)
 私は一時期しか漫画家をやってないので、ほんとは大したことは言えないんだけど、まあ、デビューまでの話ならできるので、そのへんをここに書いてみましょう。

私が本気で漫画家になろうと決心したのは20歳の時でした。高校卒業後、大学は3カ月、仕事は2年で辞め、地元熊本に帰ってきたのでした。本当はその時点で東京に行って働きながらという方法が良かったのかもしれないけど、田んぼの見える生まれ故郷に住みたかったし、アシスタントになるほどの実力すらなかったもので。
そしても一つ、偉そうに命令されるのが嫌いな性格で、当時は夢の持てない仕事をやるのが嫌いだったのです。「人生は短い、やりたいことをやろう!」と。
でも、世の中そんなに甘い物じゃなく、結局はいくつかの仕事をしたけど。(フリーターに近いかも)

 で、この時私が最初に描いた作品、これが今思えばすごいストーリー設定でした。
ここにそのストーリーを簡単に書いてみましょう。
物語はSFで、宇宙へ追放されていた男女が警告を無視して地球へ帰り着き、パトロール隊員により「ニワトリの化け物め!」とののしられながら射殺されるも、二人は笑顔で死んでいくという所から始まります。
実はこの二人、政府のある機関に属する科学者グループの、独断による秘密実験で行われた人工遺伝子組み替えで、ニワトリの卵より生まれた人造人間だったのです。しかし、二人がやがてすくすくと成長を遂げるのを見て、科学者達は倫理に反する自らの行為に良心がとがめだし、そのうちの一人が二人を引き取り育てることになったのでした。
 しかしある日、その事がついに政府機関にばれてしまいます。そして、二人は捕らえられ世間に秘密裏のまま、地球公転軌道上のラグランジュポイントにある、宇宙観測基地に観測員という名目で永久追放されてしまいます。
そして月日が流れたある日、なぜか二人は突然その職を放棄します。二人は観測資料を全て破棄して地球へ帰還の途についたのでした。
 政府機関はそんな二人に激怒し、海に着水後二人をすぐに射殺させたのです。しかし二人を育てた科学者は、そんな二人の行動には何か意味があったはずだと考えます。そして二人が破棄した観測資料にその謎を解く鍵があるはずだと考え、代わりに地上観測で何か異常が無かったかと調べます。すると唯一、太陽からのニュートリノ量に異常を発見するのです。
 しかし、本来ニュートリノ放出は中心部の核融合反応によるもので、その変化が太陽表面に到達するのは何万年か何百万年か後のことになるはずです。実は、このニュートリノは太陽の向こう側から来たもので、それは数光年という近距離での超新星爆発だったのでした。二人はそれを自らの目で観測し、逃れられない地球滅亡という運命を知ったのです。そして二人は故郷「地球」で死を迎えたいと決意し、殺されるのを覚悟で帰還したのでした。
 その訳を言わず帰って来たのは、実は地球を愛するが故にだということが育ての親には分かりました。もし人々が事実を知れば、運命の日までの数ヶ月間を恐怖と絶望で過ごさなければならないからです。
 そして、科学者たちにそれが分かった丁度その時、地球へ衝撃波が到達するのでした……
という内容の、とんでもないお話だったのです。(太陽の向こうでの超新星爆発に気付かないのは、地球公転スピードを考えるとちょっとくるしいけど)

 これを投稿したら、選評「何を言いたいのかよく分からない」でした。
そりゃそーだ、当時そんな遺伝子操作とかニュートリノだとか、しかも30ページでヘタクソ描いて理解しろと言うのが無理な話だもんね。しかし我ながら、若干20歳でよくここまでストーリーを考えついたなと感心します。

ま、そんなこんなで漫画を書き始めたんだけど、でも、上に書いたように、私も仕事と制作を両立出来るような立派な人間じゃなーいのだった! それで、ある時期ついに、家に閉じこもり集中的に何本か描き上げる生活に突入してしまったのでした。とりあえず、納得行くまでやろうと。それに、描くほどに上手くなっていくのが楽しい時期でもありました。
そして、数ヶ月かかって三本描き上げ、それをまとめて送ったら………
 「ボツ!」
 ところが、そのあとそれをボツ倉庫?で見た一人の編集の方から電話があり、敗者復活的にその人が担当として付いてくれることになったのです。(人間、一生懸命やってみるもんだ)
しかし、それからが試練の始まりで、その後もことごとくボツ! ボツ! ボツ! の連続!!!
あまりにボツが続くので担当者もあきれ、面白いことにとりあえずデビューさせようという不思議な展開になったのでした。で、いざ本に載ってみるとこれが殊の外読者の反応が良く、いくつかの読み切り後連載しようという話になったのです。

 この時点で東京に出れば、多分私はそのまま今でも漫画家を続けていたでしょう。(読み切りや連載などで模索するうちに、自分自身のある突破口というか、読者に受け入れられるコツみたいなものが少しずつ分かったからです)
しかしまあ、連載も前半はあまり人気が無く、だんだんと上向きになった所で締め切り日を追い越し、打ち切りになったのですが。当時の編集長は、ぜひまた描きためて再開したらとは言ってくれましたが、残念ながら、その時は担当者と別の物を描こうと決めたあとでした。この時、私自身もコツをつかんだところで、続ける自信はあったけど、元々が自分の意志で始めた漫画では無かったので(そうなんです、新人漫画家って最初は半ロボットなのだ)、あまり乗り気ではなかったのです。無茶苦茶な生活で疲れてたしね。
 その後別の物をシリーズ的に描いたものの、本来自分が描きたかった世界を載せる場を見つけることが出来ないうちに(それを表現するだけの実力もないまま)、父親の両足骨折・長期入院という事態が発生し、そのままペンを置き、しばらく農作業をやることになったのでした。(この時の自然相手の体験が、大きな転換点でした)
 実はこの頃、私は、知識としてはいろいろと世の中の事は知っていても、実践としての裏打ちが無い自分に疑問を持っていました。たとえ本に載って有名になったとしても、確かにいろんな体験はしているのだけれど、このままでは地に足のつかない人間のまま過ぎてしまう。自分は本当に世の中の役にたっているのだろうか? これが目標だったのだろうか? と。
「地に足を着け、ゼロから出発したい。」そういう願いが心の隅にあり、段々大きくなっている時期でもありました。そしてそれには、日々の農作業はピッタリだったのです。
 地域の片隅で、たとえ小さくても社会の歯車としての自分(存在意義)を実感したい。そして、その自分の歯車を段々と力強く回すことで、地に足を着けた社会貢献ができたなら、と。
 まあ、当時は世の中全体がバブルに向かう時期で、その世の中や人の流れの異常さに、私は半分あきれかえっている時期でもありました(みんな浮かれてて、なんか世の中全体がキライでしたねえ)。そんな世の中だからこそ、逆に私はちゃんと足を地に着けたかったのかもしれません。

 ところで、漫画を描いている当時、出版社の歴史が積み重なるにつれ、そして編集者が若くなるにつれ、どちらも段々と世間とかけ離れた存在になっていってる、ということに気が付きました。
創業時、そして創刊時から段々と時がたち、本が売れ一流の花形出版社となるにつれ、そこに入社して来る人たちも、それこそ東京の一流大学からということになってきます。そして入社後は、その人たちが事務的に振り分けられて漫画編集部に入るということになるのです。
 するとどうなるか? 漫画が好き嫌いに関係なく、そして読者歴も無い人間が編集者としてやって行くことになります。元々頭がいいから論理的にこなしてはいけるけど、そこには情熱も自身の読者感覚も無いという、変な編集者が出現することになるのです。私も当時何人かの編集者を見てきましたが、少なからずそういう編集者がいる気がしました。(他の部署に飛ばされた人もいたし)
 今あんまし漫画が面白くないと感じるのも、そのへんもあるのかも。ごつさが無くなり、一様にアゴが小さくて線の細い漫画が多いし。ストーリーで言えば、架空の、現実共有感のない(つまり感情移入できない)…

 おっと、話を戻しましょう。
では、地方で漫画家になる方法、それは私の経験から言えば、デビューまでには少なくとも300ページから500ページくらいのボツ作品が必要なようです(ネームなんかその何倍もでしょうね)。だいたいそれくらいで、読むに耐えるモノが描けるようになります。
私のは昔の話ですが、多分今でも似たようなもんでしょう。だって、それくらい描かないと絵もストーリーも上手くならないんだもん。
 しかもそれは、漫然と描き足し積み重ねていってもダメで、一作一作上手くなるためにいろんな事を試して行く必要があります。絵やストーリー、いろんな技法とか。
そして、自分自身、客観的にそれを評価し「自己実現」を確信していく事も必要となります。(つまり、「オレは必ず漫画家になるんだ〜」という妄想ね)
 それから忘れちゃならないのが、ストーリーの作り方や、デッサン、パース技法などの基本的お勉強。これは、人に教えてもらったり本を読んだりといろいろ方法があるけど、きちんとやっとかないと、たいてい後で泣くことになります。ヘタウマで一生やるには、それこそとてつもない才能が必要ですから。

 そして、実際にストーリーを作り続ける段階でモノを言うのが、漫画以外の特技と読書量です。絵がいくら上手くなっても、肝心の「内容が無いよう〜」では、どうしようもありません。(上手いだけならゴマンといる)漫画として描ける何かが好きとか何かに詳しいとかいう知識の基礎が、必要になってくるのです(これは自己反省を込めて)。そして、発想を豊かにしてくれるのが、読書でしょう。漫画に限らずいろんな仕事において、学生時代の読書量が必ず人生を大きく左右するはずです。新聞くらいは毎日読みましょう。
 さらに、実際の取材も重要な要素です。描きたいストーリーや絵に必要なものは、必ず取材するようにします。結構世の中親切で、聞けばいろんな人がいろんな事を教えてくれますし、机上では想像もつかない現実が必ずあります(これも反省を込めて)。

 ということで簡単にまとめれば、
 1、30ページ物ならデビューまで10本〜15本をボツ目安?に。(必ず全て完成作品とすること)
 2、ストーリー、デッサン、パース等の基本勉強は忘れずに。
 3、漫画以外の技や知識を身につける。
 4、取材をしよう〜
 5、自分を信じる

 まあ、ありきたりの結論になってしまいましたが、しかしまー、ただひたすら描いて投稿を繰り返すというのは、自らを「ペン描き職人」にする作業に他ならないので、便利なコンピューターの発達したこの時代には、なかなか難しいものがあります。
 でも、どんな職業もそうですが、真剣に何かに打ち込んだと言う経験は、その後必ず自分を助けてくれます。
私も後で気付いたのですが、漫画制作にも「企画、計画、実行、反省」という、あらゆる職業に共通する仕事を完遂させるための重要な要素があるのです。
そして、全体をとらえまとめ上げる構成力や、何かをやりながらでも常に先を読んで物事を完成に導くという技もそれなりに身に付くようです。